前回は、「カレーが日本にくるまで」「カレーという概念について」を書いてみた。
もっと書くとなったら「カレーが日本にきて以降どうなったか」という話になる。
なんとなく「これは書かなくてもいいだろう」と思ってしまっていたが、それはすでに既存の本に書かれているからで、それをまとめてみるのも面白そうだ、と思う。
自分の頭の中ではどう理解したか、ということを書いていこうと思う。
まず、なぜ「カレーはご飯とセットか」という話。
北インドではナンやチャパティといったもの、南インドではライスにカレーをかけて食べる。
イギリスから伝わったカレーであるが、いきなり現在のインドカレーのようなものがきたわけではなく、長らく日本では、カレーとはご飯にかけるものであった。
つまり、当時のイギリスでは、南インド風のカレーが主流であったということが伺える。
日本に最初にカレーが伝わったのは1837年(明治5年)の「西洋料理指南」という本によってである、とされている。
しかしこの本に出ているカレーというのは少し変わっていて、
「ネギ、鶏肉、エビ、鯛、カキ、赤カエルを使い、小麦粉でとろみを出し、カレー粉で味付けする」
となっている。
なお、玉ねぎではなくねぎであるのはおかしいことではない。日本に玉ねぎが伝わったのは江戸時代らしいが、実際に栽培が始まるのは明治以降であり、長らくポピュラーなものではなかった。
注目したいのは「赤カエル」である。これにも諸説あるのだが、当時、イギリス人が中国人を、料理人兼通訳者として雇用するといったことはわりとあったようだ。
そのため、日本にカレーを伝えたのは、「イギリス人に雇用された中国人ではないか」という説が有力である。
中華料理においてはカエルはポピュラーな食材である。
もっとも、中国におけるカエルと日本におけるカエルは種類が違うが(日本のカエルは、食用蛙(ウシガエル))。
ただ、このエピソード、やたらにカエルばかりが強調されて伝わっているのだが、よくみたらいろいろ突っ込みどころがある。
「鶏肉」はいいとしても「エビ、鯛、カキ」・・・、なんか、現代では考えられないくらいのゴージャスなカレーなのでは・・・じゅるり・・・と思ってしまう。
また、もともとのインドのカレーにおいてはヒンズー教の「禁忌」があったので、牛と豚は使えない。
なぜならば、牛はヒンズー教において「神の化身」とされているからである。
実際にヒンズー教の聖典である「ワガワッド・ギータ」においては、クリシュナ神(梵天=ブラフマー)が牛の姿で顕現するシーンがある。
また、「豚」は「汚れ」なので食べてはいけない、とされているそうだ。
これはおそらく、科学知識のなかった当時でさえ、豚には寄生虫、雑菌がたくさんいる、ということが経験的にわかっていたからではないかと思われる。
長らく、日本のカレーは、イギリスから伝わった「ビーフカレー」が主体であったのだが、
それに変化が訪れる。
戦争によって、輸入牛肉が不足するわけだ。
そして、ちょうどその時期に、「とんかつ」が発明されている。
「とんかつ」がなぜ発明なのか。
「とんかつ」は、「豚」の「カツレツ」、つまり、côtelettesという料理なのではないか、と思ったのだが、
我々が想像している「côtelettes」というのは、日本でいうところの「一口カツ」みたいなものであるようだ。
つまり、「最初に細かく切った肉片を揚げたもの」ということなのだが、
日本の「とんかつ」は違う。「肉厚の一枚肉をそのまま揚げて、お客様に供する際に切り分ける」というもので、それは従来のヨーロッパ料理にないものであった。
「美味しんぼ」においては、「肉は薄いほうが本当はおいしい。当時の日本人は料理の仕方がわかっていない」などといわれているのだが、実際に試してみたところ「どっちもおいしい」と思った。
薄い肉を一口サイズで揚げてみても美味しいのだが、分厚くて脂身がある肉を揚げて切り分けたものもまた美味しいと思う。
で、この「とんかつの発明」、また大体同時期の「カレー南蛮」の発明によって、関東では「豚肉もいいではないか」という雰囲気になっていく。これ以降、関東においては、「カレーはポークカレー」「カツはとんかつ」というイメージになっていくのだが、
関西ではそうはならず、「カレーは普通ビーフカレー」「串カツならば牛カツ」となったようである。
物資の不足は日本全体で起きていたはずなのに、どうしてこのような差異が生じたものやら・・。
※補足
・・・と思っていたら、それに関する資料を見つけたので、リンクを貼っておく。
↑ここの説明によると、農耕用に活用した動物として、西日本は牛であったのに対して、東日本では馬だった、ということが書かれている。しかし東日本では、青森、福島などでは馬肉食文化が残るが、全体としては豚肉食にシフトしていったという。
それが、日清戦争、日露戦争を経て軍需物資として牛肉の缶詰が戦地に送られるようになったことで、牛肉不足がおこる。そこで関東は、より安価な豚肉にシフトしていくのだが、関西では牛肉人気が根強いまま残った、ということのようだ。
参考資料:「カレーライスと日本人」(森枝卓士著)、「カレーライスの誕生」(小菅桂子著)、「インドカレー伝」(リジー・コリンガム著/東郷えりか訳)、「シュリマド・バガワッドギータ」池田運訳、Wikipedia
コメント